Profile

守谷 祐志

[モリヤ ユウジ]

盛岡市議会 / 現職
守谷 祐志

略歴

1945年
旧満州にて生まれる
宮城県出身
その後、岩手県盛岡市に本籍移転
1999年
盛岡市議会議員選挙に初当選
現在5期目

Interview

取材日 2016/4/20 聞き手 吉田拳
守谷さんはどちらのお生まれですか?
守谷:私が生まれたのは、1945年(昭和20年)で、旧満州なんです。父も母も宮城出身で、当時、満州鉄道という国策会社があって、その子会社にいたんですよ。で、日本が戦争に負けて、昭和21年の10月に大連から佐世保に引き上げてきた、という話は聞いてます。
ほぉ~
守谷:で、元々宮城出身だから仙台なんかに行ったんだけど仕事がなくて、今の北上に来て1、2年いたみたいね。そのあとは盛岡に来て、昭和23年ごろに親父は盛岡市役所に入ったんですよ。これはね、満州からの引き上げ者は、仕事を与えなければならないということで、盛岡市役所、たばこの専売公社(現JT)、旧国鉄(現JR)の3つを紹介されたというわけ。
じゃあ、守谷さんが10代のころには、もう盛岡にいたわけですね。で、そこで育って。
守谷:うん。この界隈で育ってね。
で、最初は民間企業に入られたと。そこで、なんで議員さんになろうと思ったんですか?
守谷:前に、太田大三さん(第17代盛岡市長 在任1979-1995)の盛岡市長選挙があって、その時に裏方で手伝ってくれと言われて、事務方を色々とやったわけね。そしたら、半年ぐらいの間に3か所から「市会議員に立候補しないか」と声がかかったわけですよ。ベテラン議員さんだったり、党派だったりね。それで、「あ、俺でもできるのかな」というふうにね(笑)
守谷祐志
なるほど(笑)
守谷:うん。そして、1回で当選してるわけじゃないんですよ。俺はね、2回落ちて3回目で当選してるんだよ。こういう人ってあんまりいないんだよね。1回目は落ちて2回目で当選っていう人は多いんだけど。2回目の選挙の時は次点だったんだよね。あの時はさすがに泣いたね、ひとりで。
ぬぁ~
守谷:いけると思ったんだけど、次点だった。それでもここまで来たんだから、ということで3回目で受かってね。まあ、よく飯食ってたなと思いますよ。それまでは盛岡の地場の建設会社の営業をしてたんだけど。そこの社長さんにもお世話になってね。
なるほど~。そんなこんなで議員さんになって。最初は今みたいな一人会派じゃなかったんですよね? なぜ今みたいな形になっていったんですか?
守谷:1期目はね、やっぱり会派に入ってよかったと思いますね。最初は右も左も分かんないわけですよ。例えば一般質問で、自分の考えていることを原稿に書くのはいいんだけど、今までにも同じ内容が出ていたかもしれないし、どういう経過があって答えが来ているのかも分かんないわけね。
さっきもチラッと喋ったけど、うちの親父は市の職員だったから、父の部下の方たちが市役所に結構いたわけよ。俺が議員になった時には中間管理職とか、もっと上にいたわけね。その人たちからも「会派に入った方がいい」とアドバイスを受けて、会派に入ったんだけど……。
(頷く)
守谷:元々、地方議会に、まあ県議会くらいだったら分かるけど、市町村議会に会派はいらないと思ってるんですよ。TPPにしろ、安保関連法案にしろ、国のことを決める、国の根幹にかかわることを決めるためには、一人一人の議員の意見が多少違ってても一本にまとめてある方向に持っていく必要があるわけですよ。根本のとこだから。
ところが市町村議会は、基本的には国の方向性に基づくわけですよ。自前の財源は3分の1だし、あとは国からの交付金や補助金。ある事業をやらないと言ったら国が金を出さない、となる。大枠は決まってるんですよ。その中で住民の皆さんの生活を豊かにする、福祉や産業をどうこうしていく。それはね、個々人の議員のレベルの話なんですよ。だから、会派にさほど意味を感じないし、むしろ一人になった方が、言いたいことを言っていくことができる。
なるほど~。
守谷:市長や副市長、部長や課長たちと密接にコンタクトを取っていってれば、意見が結構具体化するんですよ。これは最初の頃、親父の部下だった人からアドバイスされたことだけども、あんまり途方もない話をしても具体化するのは難しい。だから、その半歩先一歩先、例えば5年スパンで話せば、誰もが「それはいいな」と思ってくれるわけ。「議員からこういう方向性で提案がありました」となって、市長が部長に対して「これちょっと検討してみよう」という一言で実現に向かって流れていくわけさ。
守谷祐志
ほぉ~
守谷:コツは、一般質問で何度も何度も提言することなんですよ。実績はいろいろあるんだけど、最近の成功例だと、MICE(マイス)ですね。要は学会とか大会を盛岡にもってきてお金落としてもらう。その分、助成金を出しますよ、というね。これを全国の人口30万人以上の県庁所在地の多くがやっているんですよ。これを何度も提言しても具体的にゴーサインが出なかったんです。
例えば、お医者さんの学会は2、3年前から準備するんですよ。で、開催地を決める時に盛岡も準決勝準々決勝までは残るっていうんです。だけど最後お金の話になった時に具体的な話ができなくて負けちゃう。1000人規模で200万とかね。もしお医者さんの学会をやるとなれば、製薬会社から何から来るわけだから、お金もかなり落ちるわけだよ(笑)
なるほど(笑)
守谷:そういうの競争なわけね。例えば新潟県なんかは新潟市と合わせて、2000人規模とかになってくれば600万くらいの補助がでるわけです。こういうのをコンベンション協会の人と話していれば情報が入ってくるし、市の担当の人にもっていけば、彼らもMICEをやりたいわけです。ところが財政上どうたらこうたら、ということなってくるわけ。それを1回言ったからダメだということにしないで、自分で先進事例を回って歩いて、確認とったり資料集める。それをまた一般質問で言う。それを繰り返してやっていく。あとは再質問の時に市長に話を振って、盛岡は断トツ遅れてるんだ、ということを言ったりすると、「ん?」とか「まあ検討してみるか」となってくる。
はぁ~
守谷:盛岡でMICEは去年(2015年)の4月から始まったんだけどね。ポイントは、そういうふうに、制度を作ることなんですよ。
なるほど。そういった制度の調査のために政務活動費があるんですね。
守谷:そうそう。議会の答弁でよく「先進事例を精査し」という言葉が出てくるけども、議員の方も先進事例を精査しなければならない。そのために政務活動費というものがあるんですよ。盛岡市議会は、県庁所在地の中では、政務活動費が断トツで低いんですよ。俺なんかもっと上げてくれ~って(笑)
(笑)
守谷祐志
守谷:今度も茨城県のひたちなか市に行ってくるんだけど、これはなぜかっていうと。去年(2015年)の11月にドイツのデュッセルドルフで世界最大規模の医療機器見本市があったんですよ。そこへ盛岡発ベンチャーも1社が出展したわけ。で、ひたちなか市からは7社くらい出展してたんだけど、市から職員を1名派遣してるんですよ。去年も、一昨年も。裏方でね。アポ取ったり、商談を設定したり。それで成功してるわけ。

ひたちなか市の人口15万7000人ですけどね、製造品出荷額は9578億ですよ。盛岡は残念ながら1000億を切っている。製造品出荷額が9倍ということは、単純に考えて盛岡の9倍は雇用の場があると考えていいですよ。北上でも4000億ぐらい。仙台、郡山、いわき、米沢が東北の製造品出荷額BIG4なんだけど、今のところ東北でひたちなか市に勝てるとこはないです。

そういうふうにおっきく頑張ってるとこがさらに頑張ってるわけでしょ。10年後、20年後を考えれば、1000億切っている盛岡はもっとベンチャー企業のバックアップ体制をとらないとまずいわけですよ。 こういう提言をして、また現場を見てきて、またそういう話をする。議会は年に4回あるけれど、そのうち3回同じ話をしたっていい。「またか、とお思いでしょうが」とか「今回は前回にプラスして新しいネタもあります」みたいな感じで喋ればいい(笑)
なるほど~。守谷さんは雇用を生み出すことを重視しているんですね
守谷:盛岡市民の生活が少しでも豊かになるように。なにより家族が一緒にいれるじゃない。息子さん娘さんがここで就職して、結婚してお孫さんが生まれて。どんなに綺麗事や立派なことを言う人たちでも、今盛岡に雇用の場が少ないから、皆さんやっぱり息子さんは東京だ、どこだって、こっちにいないんですよ。大学を出て地元で就職だ、といっても、公務員か、銀行か……っていうふうに限られてくる。

雇用の場を作るってなった時に、IT業界も今すごいし、力を入れなきゃいけないんだけど、競争が非常に激しくて規模が小さい傾向にあるんだよね。10年後、20年後を考えた時に、世界にシェアを広げられる研究開発能力を持つベンチャー企業を盛岡のなかで伸ばすべきだと思うんだよね。そして実際に生まれているんだよね。10年かかったけど。
そのなかで岩手大学の産学官連携研究センター(コラボMIU)の設立が必要だったわけですね
守谷:そうです。私これを「つくれつくれ」って言いましてね。なんでかっていうと、研究開発するためにはとにかく場所がなければならない。そして安く借りられる。そうでなければ優秀な人が来ない。コラボMIUの先進事例は長野県の信州大学なんです。富山大学もだけど。幸いなことに、当時の平山学長はじめ先生方が「やるべ」となったんです。今は国立大学法人だけど、当時大学は独立行政法人だった。大学の先生方がいる飲み会なんかで、私よく言ったんですよ。「独立行政法人というのは自前で多少稼がねばならない。文科省からくるのばかりあてにしてたら、いつかばたっと来なくなったらどうするんだ」なんて(笑)。そしたら「でも(コラボMIUをつくるには)場所がなぁ……」なんて言うから、「テニスコートがあるじゃ~ん」って言ったの(笑)

盛岡をこうしたいっていう目を持っていれば、アンテナが高くなるのさ。俺はインターネットとかしてないんだけど。かみさんがやってるからいいんだ、任せて(笑)。とにかくアンテナを立てておけば情報はいくらでも入ってくるのさ。あとはちょっとキャッチすればいい。キャッチしたら、私がよくやるのは電話をかける。その市役所とか県庁とか。必要なら会いに行く。一市会議員がひとりでのこのこと県庁の担当のところに行くっていうのはあんまりないんだけどね(笑)。3年前、熊本県庁の農政部に行ったときも「珍しいですね」って言われた(笑)
へ~
守谷:ちなみにその時、熊本に行ったのは、ムスリムの人たちは「ハラール」として認められたものしか食べないんだけど、トルコ系の人とかマレーシア系の人で色々違いはあるけどね。熊本は熊本産の牛肉とか鶏肉をインドネシアとかマレーシアに売ろうと頑張っていて、知事なんかも行ったりしている。その担当の部署に行ってきたんだよね。オーストラリアの人とかアジアの人に目が向きがちだけど、インバウンドしてもらうならムスリムの人もありだろう、と。なんでそこに目をつけねぇんだべ、と。ホテルの社長さんなんかと話すと「色々と制約があって……」なんていうけど、北海道のニセコとか、力を入れているところは結構伸びてる。
守谷祐志
   私に言わせれば、盛岡は製造品出荷額も低いし、「これだ」という観光地もない。だからこそ、ベンチャーにしろMICEにしろ、狙ってとれるところにもっと力を入れていくべきだと思うんだよね。前例主義とか「ローカル&ローカルそのまたローカル」を捨てて。
なるほど~。観光と言えば、盛岡さんさ踊りの実行委員会もやってらっしゃいますよね
守谷:そうそう。最初、2007年に和太鼓同時演奏のギネス記録が認定されたでしょ。あの時もなんで「世界一」にこだわるんだってよく言われたけど、やっぱ冠が欲しかったんですよ。「世界一」のっていう。で、熊本に抜かれて「リベンジするべ」となって。小委員会をつくって、座長をやって、1年ぐらいかかったんですよ。で、2014年に3437人でまた世界一になった。同じ太鼓でこんなに集まるっていうのはまずない。熊本の時が2778人だったから、もう盛岡の記録を塗り替えてくるところはないんじゃないかな……?

あとさんさ踊りは、以前、8月1日から3日に開催してたんだけど、1日延ばすよう提言して、今は8月4日までやっています。これはなんでかっていうと、3日までだと青森のねぶた祭とか山形の花笠まつりとか、他のお祭りとリンクしづらい。4日があると、2日と3日がそっちで4日がこっちとか。3日と4日がこっちで、あとはそっちとか。これはJTBの人の意見だったんですよ。そこで、実行委員会で検討したら、1日開催を増やすと、確か500万円くらいお金が必要だ、と出たんです。警備員さんとか、照明とか、お弁当代とか。でもこれ以上寄付を募るのは無理。そうなると、あとは市しかないわけですよ。そこで、本会議でも今までの助成金に500万を足してくれ、と言ったり。
今では4日開催が当たり前みたいな感じですけどね
守谷:元々は他のお祭りとリンクしづらいっていうことだったけど、4日開催になって他のお客さんも来やすくなるじゃない。たくさんお金が落ちる。これも産業振興につながる。こういったことにもっと力を入れていくべきだと。

他の議員さんのことはわからないけども、私が立候補した理由はスパッとしてるんです。市民生活を豊かにする、困っている人たちを助ける。私はそれが市議会議員の仕事だと思っています。
なるほど!本日はありがとうございました。
守谷:ありがとうございました。
守谷祐志

※ 本記事は平成28年度岩手大学Let'sびぎんプロジェクトの助成により制作されました。 ※
岩手大学Let'sびぎんプロジェクト