Profile

鈴木 一夫

[スズキ カズオ]

盛岡市議会 / 現職
鈴木 一夫

略歴

1969年
盛岡市東見前にて生まれる
1988年
岩手県立花巻北高校 卒業
1995年
法政大学文学部を卒業し就職
1997年
衆議院議員 前原誠司 秘書
1998年
民主党岩手県連役員(~現在)
2004年
起業(2006年法人化)
2007年
盛岡市議選(民主党公認)初当選(以降、3期連続当選)

Interview

取材日 2016/6/9 聞き手 吉田拳
鈴木さんは盛岡市のご出身でしたね。ずっと盛岡にお住まいになっていたのですか?
鈴木:18歳まで。高校生まで盛岡にいて、進学の関係で東京に行きました。
法政大学でしたね。大学ではどんなサークル活動をなさっていたんですか?
鈴木:大学のサークルは自分に合うのがなかったので、野宿同好会というのをつくりまして。
野宿同好会!?
鈴木:バックパッカーって分かりますか?
バックパックを背負って自由に旅行する人のことですよね
鈴木:そうです。そんな感じで、国内外を旅してました。学生なので体力だけはありますから、寝袋とかをもって、夜は無人駅とか、海岸沿いのちょっとした屋根のあるところで寝たりして(笑) 他にも大学では、いろいろ企画をやって楽しんでおりました。
旅がお好きなんですね~
鈴木一夫
鈴木:そうですね。今も延長線上で国内外を旅行してます。当時は行ったことがないところに行くだけで楽しかったんですけど、最近は産業振興とか福祉医療とかいろいろなテーマをもってその地域に足を運ぶようにしています。
そういえば、鈴木さんのホームページに、国内の市区町村を全て訪問したと書いてありましたが、本当ですか(笑)
鈴木:はい。日本国内には今1741の自治体がありますけども、全部行きました。もちろん、意識していかないと行かさらないので、計画性をもって行きました。
海外も、76か国も訪れていらっしゃって。
鈴木:そうですね。海外なんかも、行くときは各文化圏を意識するようにしてますね。
なるほど~。そして大学卒業後にサラリーマンをされて。で、なぜそこで議員になろうと思われたんですか?
鈴木:実は幼稚園のころから興味はありました。ただ、大学の時も雄弁部とか弁論部のような将来政治家を目指すような人が集まるグループは避けてましたし、松下政経塾とかいろんな政治家のための塾なんてのもありましたが、それも避けてはいました。しかし、改めて社会に出てみて自分の意見をいろんな方に申し伝えながら、これなら人を介して政策を実現するよりも自分自身が直接提案の場に行く方が世の中にいろいろ意見を提言できるだろう、ということを感じまして。それで自らが動き始めたというのが経緯でございます。ですから、背景としては小さいころからあったけども、色々社会を見て社会を見るにつけて自分自身が動いた方がより社会のためになるのではないかという想いの中から行動したというところでございます。
なるほど。議員として、どのような分野を中心にお仕事されてますか?
鈴木:自治体の役割というのは、基本的に「街づくり」と「福祉の充実」です。で、私自身は、公約としては「山田線の活性化」とか「公共交通の充実」というところから入っていきました。しかし、やはり今3期9年目(※当時)ですから、幅広く活動していかなければならない。交通政策が入り口ではありましたけれど、現在では多岐にわたる取り組みを行っております。
『交通政策』と聞くと、なんだか難しいイメージですが、具体的にどんなことをするんですか?
鈴木一夫
鈴木:例えば、自治体からすれば道路一つとっても作るのに何十年もかかると。でも山田線の運行本数をちょっと増やせば便利になるんじゃないかと。その道路を整備する莫大な費用と電車を何本か増やす費用とどっちが安いですか、というのを費用対効果で示しながら、住民にとって最善の選択を提案してく。また、自治体は国の制度設計のなかで動いていますので、現場で見えてきたことを踏まえて、国に対し制度の改良を働きかけていくことも必要です。つまり、市議の役割は、住民の立場から交通状況の改善運動をするのと、現場で見えてきたことを通じて国の制度設計を変えていくという二本立てですね。
なるほど~。『街づくり』についてはどのようなご意見をお持ちですか?
鈴木:盛岡市の街づくりの大きな課題は『地域間不均衡』だと思っています。盛南地区ではどんどん新しいお店が進出したり、小学校もできたり、待機児童も多いなんていうのがあります。一方、市内中心や周辺部を見渡すと、子どもがいない、空き家が多い、小学校が廃校したなんてのがある。需要と供給が全くなっていない。道路とか下水道とか電信柱を立てた後は街づくりに関心がなくなり、次の地域に関心が移ってしまうというようなやり方を繰り返しているのであれば、いつまでも『地域間不均衡』は場所を変えながら動いているだけでしょ、と。そうではなくて、例えば20年30年というスパンで進行管理をしていく。

例えば、今、盛岡では新規の家が年間で2000件建っているわけです。で、それを全部盛南地区で作ればですよ、当然そこの地域はあふれて子供も多くなって学校を作らなきゃだめだと。そうではなくて、年間2000件建つというのが見えているのですから、例えば、松園の空き家をリフォームして住んでいただく。要は、高齢者、若い人、子どもたちの人口のバランスが一定になるようなことをすればいい。せっかく新しい人が住むのですから一つの地域にまとめるのではなくて、各地域に分散させて地域の力を落とさない。
ほぉ~
鈴木:農業でも、ずっと作物を植えていると土地が枯れてくるわけですよ。で、そのときにやるのは肥料を植えるということなんですね。で、地域にとっての肥料とは何だっていうと、新しい人が定住をしていただくことなんです。道路とか電信柱とか下水道を作って「あとはどうぞ好きにやってください」ってやると地域が枯れていくんです。新しい人を常に呼びこんでいくような仕掛けや、空き家に新しい人が住むような誘導策を通じて、すべての地域に衰退感をもたらさないように全体的なコディネートをしていく。これが自治体の街づくりの基本戦略ではないのかな、と私は考えているところです。
なるほど。『地域間不均衡』を是正していくべきだと
鈴木:要は元気すぎるところと、あまりにも衰退するところの落差が大きいので、調整するということですね。
話は変わりますが、鈴木さんは『冬季オリンピックの招致』を市民の方々と一緒に訴えていらっしゃるそうですね。
鈴木:かつて盛岡は冬季オリンピックの招致運動に立候補しております。で、その時は長野市に敗れたと。その長野市も1960年代に一回挑戦をして、その時は駄目だったけども、1998年の冬季オリンピックの招致に成功しているわけです。オリンピックはだいたい四大会か五大会に一回はアジアの大会が来ています。で、今度2018年が韓国のピョンチャン、2022年が中国の北京とたまたまアジアの大会が続きましたけども、地球をぐるぐる回りながらまたアジアにまわってくることは間違いない。おそらく2030年とか2034年あたりに次のアジア枠が来るんじゃないかなと。その時に盛岡が立候補するべきじゃないか。札幌でやったよと、長野でやったよ、やっぱり次は東北でしょ、と。札幌は1972年の東京オリンピックの後、アジアで初めて冬季オリンピックをやったという遺産(レガシー)を活かして、外国人観光客がいまだに途切れることなく訪れている。
鈴木一夫
へぇ~
鈴木:あるいは長野も、『NAGANO』と言っただけで世界共通語なわけです。そのようなところを通じて観光振興とか、雇用人口の拡大を示している。「盛岡」というと「どこですか?」と言われる。ところが雪質はパウダースノウで非常に良いわけです。地域資源を生かしていくときに、受け身であっては駄目だ。よく「東北は寒い」と言いますよね。だから「あったかい方に引っ越すか」ではなくて、「寒いのは資源だ」という風に発想を変えることだと思うんです。東京は寒くないでしょ、盛岡は寒いんだよ、だからできるんだよ、くらいのね。この想いをもっていくときに究極の企画を考えれば、圧倒的な知名度と二兆円を超える経済波及効果のある冬季オリンピックが私はふさわしいんじゃないかと。ちなみに2030年代の冬季オリンピックにはすでに名乗りを上げている地域が二つ出てます。札幌市と、新潟の越後湯沢です。つまり、黙っていれば日本から選ぶよってときに、また札幌か、あるいは新潟かっていう風になるわけです。「次は東北だ」というのをしっかり名乗りをあげないと、また地球を二周してからですと、さすがに私も生きているかどうかわかりませんから。
なるほど~。先ほど地域資源という言葉が出ましたけども、去年(※2015年)の12月の一般質問で「志波城柵を日本遺産に」という趣旨のご質問をなさいましたよね。これもまた地域資源を活かすということなんでしょうか?
鈴木:色んな町おこしの方法がありますが、一つの方法として冠を付けていくという方法があります。金色のお寺でも、「金色のお寺だよ」というのと、「世界遺産だよ」というのでは、お寺自体は変わらないわけですけども、見る目が変わったり、あるいは観光客が増えたりっていうのがあります。肩書や冠をもっと大切にしながら、地域の資源を再評価していくような取り組みが必要じゃないかと。その一つとして『日本遺産』のというものを取り上げさせていただいたわけです。同じものであっても冠の付け方で評価が高まるという仕掛けを、我々はちょっと傍観をしすぎているのではないか、と感じています。今あるものを何もいじる必要はない。冠や再評価を与えていくことによって、注目度を高めていくような政策というのは色々あるんではないでしょうか、と。
鈴木一夫
はぁ~
鈴木:また、それを盛岡単体でやるのではなくて、広域、もしくは共通の価値観や感性を持つ人たちが結集して一つの冠をつけていく。この間も『明治日本の産業革命遺産』が世界遺産になりましたが、あれは最初、九州だけで話が進められていたんですけど、そこに釜石の橋野鉄鉱山・高炉跡とか、伊豆の韮山反射炉を加えていった。共通のテーマということで、いろんなヒトやモノを抱き込んでいく。こういうやり方は、西日本はすごく得意なわけですよ。

焼きそばとか焼き鳥とかB級グルメグランプリといった全国のソウルフードを集めたイベントなんかも、その地域単体でやるのではなくて、共通の価値観や感性を持つ人たちをうまく束ねて輪番でやると、たくさんお客さんが来たりするわけです。「盛岡もやるけど、お宅の地域も手伝いに行くよ」と。東北六魂祭も輪番でやる一つの成功事例だと思うので、そういう風に地域を盛り上げていくべきだと私は思います。
ほぉ~
鈴木:他にもですね、八戸の山車とか、花輪の山車とか、秋田の土崎の山車などがユネスコの世界遺産の登録になるという話があるんです。山車自体が国指定無形民俗文化祭だと。高山の山車とか、京都の祇園祭の山車とか、そういう山車が結集して世界遺産だとやる時に「盛岡の山車はないのかな」と私見たんですよ。そしたら、盛岡の場合は市指定無形民俗文化財だと。冠のつけ方が、格が違うから仲間になれない。社会がどういう風に動いているのかを分析したり、もっと外の地域を見たりして、「これならば盛岡の資源に冠を付けていけるぞ!」となった場合はアクセルを踏み込むべきじゃないかなと。
なるほど~。最後に、「今の若者は政治に無関心だ」という言われ方をすることが多いんですけど、それについてどう思われますか?
鈴木:まず『18歳選挙権』が始まるということで、若い方は社会がどういう風に動いているかということに関心を持ってみて頂きたいと思います。とは言うもののですね、やはり我々現職の市議がもっと分かりやすく情報発信をしていくべきだと反省もしているところです。今後、若い方が政治に参画をする最大の意味は、まさに自分の将来を決めているんだよ、ということです。盛岡の平成28年度の一般会計が大体1100億円で、その他に健康保険とか介護保険といった特別会計が1500億円くらい動いています。これらの盛岡市が一年に動かしているお金を有権者の数で割る。そして市議会議員、市長の任期は4年ですから×4をする。そうすると一票の価値が計算できます。で、盛岡市民の場合、一票の価値は289万円なんです。「僕は分からないから選挙に行かないよ」ということは289万円を好きに使ってください、文句を言いませんということなんです。
鈴木一夫
はい
鈴木:例えば、将来自分が年金をもらう時なって「確か俺たちが20代の時は100くれるなっていってた記憶があるけど、手元を見たら80しかない」。「いやあなた選挙に行かなかったでしょ。白紙委任をしたでしょ。だから80を認めたのはあなたですよ」。そういう風に言われたときに、「僕は聞いちゃいねぇよ」となるわけですね。ところが、選挙に行かなかった層の声や考え方は反映されないという仕組みは厳然としてあります。政治や選挙に参画をして、自分たちの考え方により近い人、そういう人がいなければ自分たちの仲間を出す、もっと言えば自分が出る。そういう風にして皆さんの考え方に近い人を代弁者として議会に送り出していくということが必要です。ですから政治に参加をしないということは白紙委任であり、その責任は自分にありますよというのが選挙に行くことの最大の意義だなという風に思っています。
なるほど~。本日はありがとうございました。
鈴木:ありがとうございました。

※ 本記事は平成28年度岩手大学Let'sびぎんプロジェクトの助成により制作されました。 ※
岩手大学Let'sびぎんプロジェクト