Profile

豊村 徹也

[トヨムラ テツヤ]

盛岡市議会 / 現職
豊村 徹也

略歴

1954年
一関市生まれ
1973年
盛岡一高卒業
1979年
成蹊大学法学部卒業
同年
岩手県信連入会
2003年
同上退職
同年
盛岡市議会議員初当選
2015年
盛岡市議会副議長
現在4期目

Interview

取材日 2017/4/5 聞き手 吉田拳
まず経歴から聞いていきたいと思うのですが、豊村さんはどちらのお生まれですか?
豊村:一関市です。中学校まで一関にいて、高校は盛岡一高に行きました。大学受験は失敗しまして駿台予備校に行ったんですよ。その次の年、やっぱり思ったところに入れなくて、東京学芸大学に籍を置いていたんだけど、結局、成蹊大学に入って卒業しました。
卒業後は岩手に帰ってこられて、岩手県信連にご就職なさったそうですね。長くお勤めになられて。
豊村:昭和54年から平成15年3月まで在籍して辞め、翌月が(初めての)選挙でした。
盛岡市議選に出たキッカケは何ですか?
豊村:私の住んでいる山岸地区は、歴代ずっと1人選んで(盛岡市議を)出している地域なんですよ。今、私で5代目、通算15期目だから、60年くらい続いてる。なんでそうなったかっていうと、それ以前に、候補者が乱立して全滅してしまった。で、山岸では一本化して議員を立てようと、そうなったのが今から60年くらい前ということですね。 私の先代の堀合さんという方から、だいたい町内会活動を中心にやってるメンバーから選んできているからお前やれと、指名を受けましてですね。私は政治の世界なんてまったく知らない、単なるサラリーマンだったんですけども。「お前が全くの素人で、どこの馬の骨ともわからなくても、当選させる力はある」と、こういうような話をされましてね(笑) ということで担がれて、選挙に臨んで、よく分からないまま当選したということです。
豊村徹也
そして現在4期目で、副議長もなさっているということで、議会全体についても色々お聞きしたいです。一般の市民からすると、議会というのはとても難しいイメージがあると思うのですが……
豊村:地方議員、特に市議会議員というのは、大きく分けると2種類なんですよね。地域を地盤にして当選してくる人と、政党や労組といった横断的な組織をバックにして当選してくる人と。もちろん、どっちかっていうよりも、そのウェイトがどっちが強いかっていう話なんだけどもね。大別すると、地域型と政党型っていうのかな、そういうふうに分けられる。 会派ごとに見ていくと、第一会派の盛友会と私どもの創盛会はおおむね地域型、保守系無所属。なかには民進党とか労組の人も何人かはいるけど。あと、共産党、公明党、市政クラブっていう会派は、おおむね政党型。まあ、こういうような格好になってるわけですよ。そういう目で見ると、市議会議員で何だろう?っていうのが分かってくる。  私の場合は、純粋に地域型の議員なわけですよ。なんで私の地区で15期も議員を出しているのかというと、地域課題を解決して一歩でも二歩でも住環境を整備してほしいという想いがある。そういうのを背負って議会活動をやっている。と、こういうことなんですね。
興味深いお話ですね。副議長の役割についてもお聞きしたいのですが。
豊村:議長の補佐ですね。議長の仕事の1割~2割を補完すると。例えば、議会中であれば、午前中は議長が議事進行をやって、午後は私がやって、2時間たったら交代するとかね。まあ、対外的にはですね、やっぱり議長なんですよ。議長の公務が重なってるような場合は、私が片方をやるということもあるんですが、基本は議長。副議長はあくまで議長の補完機能ですね。
そうすると、副議長は採決の時に票を投じることはできるんですか?
豊村:できますよ。議長は賛成と反対が同数になった時だけだけれども。議長が議長席にいるときは、副議長は議員の席にいる。副議長が議長席にいるときは、議長は議長室にいて放送を聞いているんです。
一般質問とかもできるんですか?
豊村:一応、できることにはなっているんだけど、慣例として、どこの議会もやってないんじゃないかなあ。なぜかというと、議長とか副議長が一般質問をしようとすると質問の順番を変えなきゃいけなくなってくるから。岩手県の競馬議会とかの場合だと、議長が質問したりすることもあるけど、本会議場ではないんじゃないかな。
なるほど~。話は変わりますが、盛岡の強み・弱みはどこだと思いますか?
豊村:まず、盛岡は『中核市』です。国があって、県があって、基礎自治体(市町村)があると。基礎自治体の中でも大阪市や横浜市のような大きな自治体が通常の自治体と同じ権限というわけにはいかないので、『政令指定都市』と言って、県の8割方の権限を委譲されているんです。政令指定都市までは大きくないけども、ある程度大きい自治体は『中核市』と言って、これも県の五割方権限を委譲されている。現在、中核市は全国に45あるんですね。で、行政サービスの水準がどの程度なのか、っていうのを知るためには、同規模の都市と比較してみる必要がある。すると、盛岡はですね、医療機関や治安はすごく良いんですよ。(PDF 豊村てつや市議会レポートNo.17 を参照)

例えばですね、盛岡市の市民10万人当たりの医師数は397人。中核市の中では6位です。65歳以上の1000人あたりの老人福祉センター数は1位。それから、市民1000人あたりの刑法犯認知件数は9位。あと、市民10万人あたりの交通事故発生件数は4位(少ない順)とか。児童1000人あたりの不登校児童数は1位(少ない順)とかね。このあたりは同規模の都市と比較して自慢できるところなのかな。

 一方で、産業の力、どのくらい税収を稼ぐ力があるか、というと、実はあまり良くない。盛岡は農業品生産額や製造品出荷額が極端に少ないんですよ。盛岡の製造品出荷額は年間1000億円を切ってるんですが、中核市の平均は約1兆円。盛岡はサービス業中心の街で、製造業が弱いんですよね。盛岡は、岩手県庁があるからその関係者が集まってきて、そこから落ちるお金でサービス業が回って、市の運営もある程度は楽にできている。でも、もし県庁が盛岡ではなくなったとか、あるいは道州制ができて仙台が東北の州都になって、ここは一地方都市だということになれば、かなりの人口が移動してしまうんじゃないか、という恐れがあるわけです。だから、サービス業や商業に偏った産業構造じゃなくて、ある程度バランスを取っていかないと、そういった何らかの変動があった場合、ガクッとなってしまう可能性があるので、なんぼでも農林業や工業に重心を移していかないと大変だろうなと思います。

 「産業なくして福祉なし、雇用なくして福祉なし」という言葉があるんですよね。議員はよく福祉について語る。これは当然で、私らは最終的には福祉の向上のために議員活動をやってるんだけども。その肝心の原資となるものが、国からくる交付金とか、他人頼みになってしまっては、充実した福祉政策というのはできないわけですよ。自ら産業基盤をしっかり作って、自らの財源で福祉行政ができるような財政をつくっていく、というのが方向としては理想なわけですよね。
なるほど~。次に山岸地域について伺いたいのですが、山岸にはどんな課題があるのでしょうか。
豊村:山岸地域の一番の問題は道路が狭いということなんですよ。歩道がない。『都市計画道路』といって、例えば2車線を4車線にする、あるいは2車線のままだけれども歩道を整備して通行の安全を確保する、といった道路の整備が、山岸の場合、すごく遅れてるんですよね。隣の浅岸は土地区画整備事業をやって、田んぼや畑だったところにどーんと大きな道路を通して家を建てたわけですよ。山岸では昔の狭い道路に家が隣接しているために、なかなか道を広げられない。中央公民館から県営球場に行く4キロ弱の通りが、昭和13年(1938年)に都市計画道路として指定されているんですよ。昭和13年ですよ。もう80年近い昔に設定された道路が、いつまでたっても整備されないままきている。これが私にとって一番大きい課題なんですけれども。なんせ金がかかるわけですよね。
豊村徹也
   以前、盛岡市全体の都市計画道路を全部整備すると2000億円かかると言われていたのね。じゃあ何年かかるの、と聞いたら100年以上かかる、と。そりゃ無理でしょ、と。これをもうちょっと現実的な計画にしないと、いつまでたってもできないじゃないですか。

例えば、山岸の場合、今、側溝とかを合わせても幅員(道路幅)7mくらいしかない道を17m道路にするっていう計画だったのね。17mにしたら、中央公民館のあたりの家なんてのは後ろの中津川に落っこちちゃうわけです。それ現実的じゃないよね、と。なんで17mと言ってるかというと、『道路構造令』という法律があるんですよ。道路構造令というのは、自動車とか歩行者が一日当たり何台以上通ると車道はこうしなければならない、歩道はこのくらいとらなきゃいけない、という法律なんです。それに当てはめると17m道路にしなきゃいけない。そこに住んでる人たちが移転しないと道路ができない、というおかしな話になってきちゃうわけですよね。そこで、バックアップ路線というか、歩行者自転車道とか中津川遊歩道とかを通して、そっちに歩行者・自転車は行くから13mまで縮めたらどうだろうということで、やっと地域住民の了解をとったんです。それが2009年頃だったかな。今ようやく(工事に)着手しているという状況なんですよね。
そんなことがあったんですねえ。
豊村:盛岡市全体も2000億円かかるって言っていたのを400億円まで縮小して、35年から40年でつくります、という現実的な計画にした。例えば、本町通なんかも愛宕町から本町にかけては4車線という計画だったんだけれど、人口減少社会だし、周辺の人たちみんなどっかに移転しろ、というのも現実的じゃないでしょう。そういいうことで2車線にするとか。あと、ここはもう都市計画道路じゃなくて6m道路でいいんじゃない、とかね。
へえ~
豊村:道路に加えて、バスや列車といった公共交通、住民の足を整備していかないと盛岡の旧市街地はどんどん空き家が増えて、みんな盛南とか矢巾に行っちゃって、というようなことになるわけですよね。これが、私にとっては地域から課せられた大きな課題なわけです。もちろん、私一人でやってるわけじゃないですよ。山岸地区10町内会連合会っていう組織を通じて、そこで地域課題を取り上げて当該部署に交渉してする中で一歩一歩、前に進んでいるということ。その先頭に立てというのが地域の期待なわけなので、大変だけれどもやらせてもらっています。
なるほど~。ちょっと脱線なのですが、若い人が選挙に立候補し辛いのは何が原因だと思いますか?
豊村:一番のネックは兼職禁止ですね。自営業ならいいんだけど、どこかの組織で働いている人は仕事を辞めないと立候補できない。生業を捨てなきゃいけない。立候補したところでどのくらい票が入るかも分からない。これは非常に大きなリスクですよね。例えば、休職制度を作って、当選したら休職して1期やってみる、とかね。そういうことを企業が認めてくれればいいんだけどなぁ、とは思いますね。逆に、落ちても前の職場に戻れるということになると、本気でやらない、応援する方も気合が入らない、という可能性もあってね。ただ、兼職禁止の中で、若い人たちが立候補するのは難しいんじゃないかなと思いますよね。
豊村徹也
選挙に関連して、選挙カーで名前を連呼したりするという行為についてどう思われますか。市民の間でも意見が分かれるところですが、立候補する側としては。
豊村:八戸市議会は東日本大震災の後、自粛して、それ以降やめたんですよ。申し合わせなので強制力はないんだけども。話を聞いたら、ミニ集会を開いて自分の考えを述べる場をいっぱい作ったと。そういう選挙の形も実際にあるんですよ。まあただ、「俺のとこには一回も来なかったな」という人もいるし。それから、選挙カーには選挙対策本部の士気高揚、内部固めとしての効果もあるんですよね。なので、みんなが止めるのであれば止めた方がいいんじゃないですかね。
なるほど~。最後に、盛岡の今後のビジョンについてお聞きしたいのですが。
豊村:先ほども言ったんですけれども、産業基盤が商業に偏り過ぎているので、バランスをとっていく必要があると思います。一番期待しているのはリニアコライダーの関連産業なんですが、なかなか簡単にはいかないですね。 あとは、中心市街地の空洞化が課題です。内丸周辺の建物もみんな古いんだよね。岩手日報、東北銀行、北日本銀行、県庁もそうですね。これが岩手医科大学のように、ぽつりぽつりと移転していくと問題だと思うんですね。盛岡は城下町なので、城を中心にして官公庁、それを囲むように住宅街があると。これが盛岡らしい姿なので、歯が欠けるようにあちこち(空洞化)すると、求心力がなくなるんじゃないかなと。これを、私は一番懸念していますので、岩手医大が移転して広大な空き地ができたら、そこをうまく使って再配置をするような街づくりをする必要があるだろうな、と思っています。 街が拡散していくと後で大変になるんですよね。道路、橋梁、上下水道と言った社会インフラがどんどん広がると更新できなくなっていくわけですよ。拡大させないで、再配置、ローテーションするような格好で、中心市街地を維持していく。そういう政策をとっていく必要があると思います。
なるほど。本日はありがとうございました。
豊村:ありがとうございました。

※ 本記事は平成28年度岩手大学Let'sびぎんプロジェクトの助成により制作されました。 ※
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