Profile

後藤 百合子

[ゴトウ ユリコ]

盛岡市議会 / 現職
後藤 百合子

略歴

1949年
盛岡市生まれ

Interview

取材日 2017/4/13 聞き手 吉田拳
― ご出身はどちらですか
後藤:盛岡です。加賀の一丁目ね
― 盛岡に長らくお住まいで?
後藤:そうですね。学生時代は東京にいて、他はほとんど盛岡におります。
―盛岡一高を卒業されて早稲田大学に進学されたんでしたね。学生時代はどのように過ごされましたか?
後藤:政治的なことは一切したことがありませんでしたね。まあ、楽しく、あまり勉強もせずに過ごしました(笑)
―なるほど(笑) 大学を卒業後はどういったことを?
後藤:OLをやっていた時期がありまして、そのあとは自分で事業もしていました。フランチャイズで飲食店を三店舗ほど。レストラン、スナック、中華食堂というのをやって。だけれどもやっぱり私は商売には向いていないという自覚があって、辞めまして。そのあと高校の先生をやったこともありましたし、生涯学習の講師をやったこともありましたし。
後藤 百合子
その後、父が突然亡くなって。母が非常に昔の女性ですから、病気だから仕方がないのだけれど、非常に責任を感じてしまったので。じゃあ家を建て直して、気分を変えましょうと。その改築の時に、2階に6畳間10室作って、ペンションを始めまして、それは今もやっています。女子高校生だけの下宿ですね。
― へぇ~、かなりいろんなことを経験なさってますね。
後藤:そうですね。そのあとですね、女性の政治参加というのはものすごく大事だと思ったので、1996年に衆議院選挙に出たんですよね。昔の民主党(※いわゆる旧民主党)ができた時で、各地域に新しい議員を公募したんですよね。それで公認をいただいて、そこから出馬をしたんですけれど、その時は本当に民主党なんて岩手県は何の影響力もなくて、小沢さんたちの政党(※新進党)でがっちりやってらしたので、非常に残念な結果で。そのあと2000年には、そのころ社民党は大きかったので、社民党にいらっしゃい、ということになって、社民党から岩手一区。そのあと2003年にも出馬したんですけれど、段々と社民党自体が力を失ってきたこと。それから、社民党は一般の女性をいれて、自分たちじゃ足りないところをやっていこうということで、あるところまでは成功してきたんです。だけど、段々と本来の組合体質に回帰してきてしまって。これはだめだなということで、政治活動をやめようと思っていたのですが……やっぱり女性の問題はまだまだあるじゃない。自分一人でやれるっていったら、一番身近な市議会議員だったらいけるかもしれない、ということで、盛岡市議選に挑戦をしてクリアできて、一期目が始まったのが今からだいたい10年前ですか。その後、2回の選挙を経て今3期目に入っています。
― 政治を志すキッカケは女性問題、ということでしょうか?
後藤:私が目指していることは3つなんですよ。一つ目は真の民主主義の確立、二つ目がしがらみのない個人の存在と尊厳の確立、3つ目が女性の地位向上。この3つを私なりにやっていきたい。少しでもトライして、クリアしていきたい。
―なるほど。ちょっと脱線なのですが、後藤さんは議会で質問するときに珍しい格好をなさるそうですね。
後藤:うん。議会で質問するときは、だいたい和服を着る。
― へぇ~! ちなみにどういった意図で
後藤:和服は日本の古来の姿、伝統着でしょ。やっぱりそういうものもどんどん忘れていって、慣れちゃっていくのは寂しいじゃない。そもそも議場には威儀を正して、正式な恰好をしていくわけだから。(和服が適切だ)というつもりでやっています。
後藤 百合子
― 和服で質問に立つのは後藤さんだけじゃないですか?
後藤:多分そうです(笑)
― へぇ~。少々脱線ですが、ご趣味は?
後藤:歌舞伎の下座というか、歌舞伎の音楽で長唄があるんですね。私それをやっているの。それで名取です。それが趣味として一番大きいのがそうかな。
― それはよかったですね。結構長くやってらっしゃるんですか。
後藤:途中で中断したりいろんなことがありましたけど、やっています。あとは多少はダンスとか、日本舞踊とかね。多少ですけどね。これは本当にお愛嬌ですけどね(笑)
― 本はお読みになります? やっぱり政治関係の本とか?
後藤:本も好きですよ。最近読んだのは『いまだ人間を幸福にしない日本というシステム』(※カレル・ヴァン・ウォルフレン著)。前著も読みましたけど、あれはすごいなって思って。それから推理小説も好きです。松本清張なんかも好きかしら。
― へぇ~。話を戻しまして、議員になられてから、様々なお仕事をされてきたと思いますが、思い出深いものはございますか?
後藤:地域の道路だとか、ガードレールだとか、結構いっぱいやっているんで、特にというのは難しいですが……。
後藤 百合子
あ、そうだ、獅子内謹一郎(※1884-1941)って知ってる? 岩手県の野球界にとっては本当に父みたいな人なんだけど。今は大谷くんだとか、岩手から活躍している野球選手がいっぱいいるでしょ? 新市営球場の建設にあわせて、そういう方々を顕彰するスペースを目玉施設として作って下さいと言って、今度できることになったのよ。とても感謝しているし、うれしいと思っています。行政の人たちが「こういうのは絶対、行政からは出てこない。後藤さんのおかげだ」と言ってくれた(笑)
― なるほど、提言が実現したということですね。
後藤:そうですね。また、今、女性議員は6人ですけれど、私が女性議員としていろんなところでね、話をしたり行動したりっていうことが女性の皆さんの勇気づけにはなっていると思うのね。女性の勇気づけになっているということは、男の人たちの誇りにもつながることだから、とてもこれは良いことでしょって思っています(笑)
―男女共同参画社会という言葉が使われるようになってから、女性議員の数が少ないという議論が俎上に上るようになりましたね。
後藤:やっぱり少ないと思いますよ。だけどね、それは無理もないっていうかね。市議会選挙って言ったってね、お金はかかるし、体力はいるし。「はい」って言って手を挙げてすぐできるものではないし。それほどに割りに合うものでもないし、面白い商売じゃないし。確かに報酬は結構いただくけど、そんなの全部消えちゃいますよ。愚痴るわけじゃないけど、そういう職種なのよ。この間の選挙だって、落選は3人しかいなかったけど、それはつまり、それほど旨味がないってこと皆分かってる(笑) それで、よくあんなことできるなって思うんだけど、政務調査費の不正なんかがニュースになると、みんな喝采をするわけでしょ。それで私たちもね、なんかやっているんじゃないかっていうことで、鷹の目で見られたりね。風評被害なんだけどね。そぅいうこともいっぱいあって。まだまだ女性の人たちには「選挙に頑張って出てらっしゃい」って言いたいんだけど、でも「覚悟して出てきて」ってことも言いたいなと思います。でも、まだ本当に少ないと思います。東京都に視察に行ったりなんかして、大体同じくらいの定数の区議会でも、(女性議員が)2桁いるのね。やっぱり都会だなって思う。
― 2016年6月の議会で「岩山公園の整備」について質問をなさっていますね。
後藤:そうですね。岩山っていうのは盛岡の大変な資源でありまして、それがだんだん時代とともに風化してきちゃったっていうことがあって。西南の開発も結構なんですが、もともとあった地域をやっぱり大事にしていくっていうことも合わせてやっていかなければ、ということで。ちょうど今、政府からも補助金がおりたり、盛岡市動物公園を民間の力を借りて運営するというPPP(※公民連携事業)という形になってきたりと、光も当たってきて。鹿島建設なんていうビックな会社も岩山に関わっていただいているわけだから、ここでまた一つ提起してみよう、という想いで(質問した)。
後藤 百合子
― 同じときの議会で「中央卸売市場の施設使用料」についてもご質問なさってますね。
後藤:だんだん流通が変わってきているのでね、盛岡に限らず、卸売市場の経営は大変なんですよね。取扱量はどんどん減ってきているし、あるいは漁獲高も、諸外国の妨害があったり、機構の問題があったりして少なくなっている。かと言って、この間の大震災でも、あそこがあったからこそ県民の食が確保されたっていうことはあるのね。だから、これをどういう形にせよ守っていくということは、市民生活を守っていく上でやっぱり大事なことでしょうと思ってね。今東京都でも卸売市場の問題をすごく騒いでいるけど、やっぱりああいう巨大インフラができるということはいろんな意味でお金も流れるし、盛岡も今のところに決まる過程においては、いろんな好ましくないこともあったり。それから当時はバブルは終わったんだけど、いけいけどんどんで公共インフラ整備を国が鼓舞をしてやってたので、それに乗って巨費を投じて作ったんだけど。今悔やんでもしたかがないんだけれど、そういうことが使用料なんかにもかぶさってくるわけですよ。例えば、最初の施設使用料が3万円だったとすると、今150万くらいになっちゃったり。これは大変なことね。そうすると会社の経営っていうことも大変なわけだし、これ以上の値上げはしない方がいいんじゃないということでもう値上げはなくなりましたけど。本当はもう少し下げたらいいんだろうと思うんだけど、市の財政も大変なので、使用料を下げるということはそう簡単じゃないしね。ともかく、行政が思っていることと市民の生活の中で、限りなく調和を求めていくということを私たちはやっていかなければならない。
― 2016年12月の議会では「空き家対策専門部署の新設」というご質問をなさっていますね。これについても伺いたいのですが。
後藤:空き家はもうご存知の通り、大変なのよ。これからますます増えるのよ。今は市民部の中の、暮らしの安全課でやっているんだけど、この課の中にもいろんな仕事がごちゃごちゃあるのよ。交通安全とか、いっぱいあるの。空き家は財産権にも関わるし、様々なことに大きく影響してくることだから、これはこれで一つ独立させて機能を整備した方がいいんじゃないの、っていうことを言いました。それで、今すぐにはならないんだけど、暮らしの安全課の中で空き家対策をする班を独立させて、人も補充するということになったので、一歩近づいたかなと思っています。
― なるほど。ここまで、これまでのお仕事について聞いてきたわけですが、一方で、これからやっていきたいことについてお話いただけますか。
後藤 百合子
後藤:保育所の問題というのは全国的にすごい問題ですよね。いわゆる待機児童問題。何が大変っていうと、例えば(2016年)12月末の数字でも0歳が多いのよ。200人近く待っているのよ。0歳から保育所に入れるったらさ、大変なことだと思わない? できることだったら子どもが3歳くらいになるまでお母さんが有給休暇とれると、一番子供たちのためにも、お母さんのためにもいいと思うんだけど。まあ先進国というのはどこでもやっていることだけれどもね、日本はまだまだそこまでいってないのね。だからせいぜい1歳までは、会社も責任をもって有給休暇とか、そういうシステムを作っていけるようなことをめざすべき。どんどん(保育所を)作って入れろ、で果たしていいの?っていう話ですよね。そういうことはやっぱり大事なのでやっていきたいと思っていますね。
― なるほど。少し話が変わりますが、若者の政治参加について、どういったご意見をお持ちですか?
後藤:そうですね。政治参加っていうと堅いお話みたいになるんですけど、日々の生活というのがすごく関わっていることなので。例えば、道路一つにしてもそうですし、信号機一つにしてもそうですし、いろんなことが関わっているので、ぜひね興味を持っていただきたいです。議会も傍聴もできますし、どんなものか見ていただいたり、それから議会報告会っていうのを年に2回やっているんですよ。議会報告会を大学に呼び掛けて、私たちも行っているんですね。岩手大学さんと岩手県立大学と盛岡大学の3校には、ご案内状をもってうかがっているので、ぜひ皆さんにもね、どんなもんか見に来ていただきたいなと思っています。
― なるほど。最後に、盛岡がこれからどういった街になっていったらいいか、というのをお聞きしたいと思います。
後藤:やっぱり女性の生き方が尊重される街、経済がもう少し活性化した町ということですね。若者の人たちが定着していただけるようなところをね、やっぱり目指していかなければならないと。本当の意味でのコンパクトシティを作っていかなければならないと思います。
― 本日はありがとうございました
後藤:ありがとうございます。若い方たちとお話ができて嬉しかったです(笑)