Profile

伊勢 志穂

[イセ シホ]

盛岡市議会 / 現職
伊勢 志穂

略歴

1962年
盛岡市生まれ
小中高
厨川小学校、厨川中学校、盛岡第三高校
大学
岩手大学教育学部特別教員養成課程(美術工芸)中退
その後
盛岡市民生協でパート勤務
1988年
岩手アイワ(株)社員に
1999年
5月から盛岡市議会議員

Interview

取材日 2016/4/25 聞き手 吉田拳
盛岡のお生まれですか?
伊勢:そうです。生まれたときからずっと。一時期、青山町に五年間くらい住んだのかな。それ以外はずっと前九年あたり。
ずっと盛岡で育ったんですね。子ども時代はどんな子でしたか?
伊勢:たぶん理屈っぽい子だった思います(笑)
小学校のころは児童会の役員とかやってました。あと中学校が、盛岡市立厨川中学校だったんですけど、当時は非常に珍しい学校で。期末テストが無くて、その代わりにレポート提出があったり。今でいう総合学習ですね。他にも授業で作詞作曲をしたり、短歌だとか詩を書いたり……。
結構先進的な
伊勢:先進的というか、変な学校だったよね(笑)
当時は新しいことをやる先生がいっぱい集まっていて、組合活動も盛んでした。主任制度反対のストライキの日に朝のホームルームに来て「こういう理由で今日は午前中授業はやりません」とかって言うんだけど、それに対して「いや、先生。仕事なのに、普段から生徒を尊重するって言っているのに、授業をやらないっていうのは生徒を馬鹿にしているんじゃないか」って私が言っても、真面目に答えてくれるような先生ばっかりだった。……で、私はそういう生徒だった(笑)
伊勢志穂
ほぉ~なんだか議員さんっぽいですね
伊勢:っていうか、なんだろうな……ルールが嫌いですね、私!
「ルールだから」っていう理由で、これに従いなさいっていうのは嫌いです。法治国家の議員としてはあんまり良くないと思うんですけど。「どうしてそれがルール何ですか」って聞いたときに説明できないものを「そういうことだから」とか「世の中で決まっているから」とかって説明されるのが嫌いな子でした。
納得すればOKなんです。例えば、私は「自転車の右側走行というルール」に非常にうるさいです(笑)どうしてかっていうと、自転車は右側を走る方が事故に遭いやすいからなんですよ。こんな風に納得のいく説明が出来ないルールを突きつけて来る相手にはダンガンロンパ君になりますね(笑)
なるほど~。ところで、絵がお好きだそうですね。
伊勢:中学校で美術部に入りまして。橋場あや先生という、ボーダレスアート(障がいのある人、一般の人、アマチュア、学生などの区別をしないで作品を作り発表しあう)に取り組んでいる方が美術の先生だったんですよ。で、その先生にすごく感化されて。それから資生堂のデザイナーの中村誠さんのポスター展を中学1年の時に見に行って、ガガーン!となりましてですね。ポスターつくる人になりたいって思っちゃってずっと絵をかいていました。そして、岩手大学の今は無き特設美術科(教育学部特別教員養成課程)に入ったんです。
中村誠さんを尊敬なさっているんですね
伊勢:もう神ですよ!神!
神ですか!
伊勢:そうです。私、伊勢志穂の三大神というのはですね、盛岡が生んだ超一級のデザイナー中村誠さんが美術の神。高校のときに友達から薦められて読んだ「タイタンの妖女」を書いたカート・ヴォネガットというSF作家が文学の神。大学時代にドはまりしたRCサクセションの忌野清志郎が音楽の神なんですよ。
伊勢志穂
はぁ~
伊勢:何でもやりたがるので趣味は多いです。一番違和感あるって言われるのは、手芸。「私の趣味は手芸です」っていうとすげー笑われるんですけど。ちなみにこの間、娘の謝恩会のドレスを手作りしました
それはもう服飾の域じゃないですか?
伊勢:いやーそんなんじゃない。売れるほどではない。ポスターとかチラシの編集やデザインも、できるけど売れるほどではない。お菓子つくるのも、小学校6年生からの趣味だけど、売れるほどではない。
全て三流にすらならないから議員やっているってよく言われますね。
大変個性的でいらっしゃって
伊勢:(笑)
大学卒業後、民間企業を経て議員になられたわけですが。どういったスタンスで仕事に取り組んでおられますか?
伊勢:真面目な話になったんで真面目にしゃべります。人間的にはふざけた人間なんですけど、やるべきことはちゃんとやろうと思っていまして(笑)
私は、政治を行う上での基本的な方針が4つあります。1つは格差を是正すること。2つ目は市民参画で政治を行わなければいけないということ。3つ目が機会の均等。競争があるのは当然だと思います。だけどその競争自体が公平に行われなければいけないと思っているんですね。4つ目は多様性を認める社会が必要だと思っているんです。
先ほどは「大変個性的な方で」って言っていただきましたけど、それはとってもいい言い方ですよ。日常では「おめー変わってんなぁ」って言われるわけですよ、大概。だけどそういう人の行き場がない社会って、違う。私よりもっと少数派の人っていると思うのね。その人を社会から排除するんじゃなくて、自分の感覚では許せないところがあったとしても、お互いに妥協点を測りながら生きていくのが社会というものなんだと思う。
そうですね
伊勢:ただ、最近すごく感じてきているのは、「人権擁護の観点から言えば少数派を認めなきゃいけないでしょ」っていうことだけじゃなく、多様性がある方が、経済も文化も発展するんじゃないか、ということなんですよ。「少数派の人は可哀想だから守りましょう」っていうんじゃなくて。
例えば、私が今、一番力を入れてやっているのは生活困窮者の支援なんです。特に子どもの貧困の問題。できるだけ子どもの貧困を早く発見して、貧困自体を解決する。その子が高等教育を受けたいって言ったら受けられる、その子の将来に貧困を引きずっていかない、ということを政策として取り組んでいきたいと思っているんです。
伊勢志穂
なるほど
伊勢:日本はたくさんの子ども達が貧困のために飢えて死ぬっていう状況ではないわけですよ。これを『絶対的貧困』というんですけどね。日本の場合、問題となっているのは『相対的貧困』。みんなが同じくらいのレベルで生活している中で、ぽこっと落ち込んでいる部分がある。例えば、高校の部活の帰りにどこか寄って買い食いをしましょうと。それに毎回この子が参加できなかったら?みんながやったことのあるゲームがやれない。ワンピースが読めない。長い休みにどこか行ったり、レジャーをした経験がない。そもそも親が家にいないでずっと働いている。ご飯を一緒に食べる経験がない。それがずーっと続いたら「どうせなにやったって」って思うようになりませんか。
(頷く)
伊勢:相対的貧困の問題点はここなんです。貧困家庭の進学率が低いっていうのも、学費が払えないっていうだけの問題じゃなくて、「どうせやったって」「なにやったってさ」って思っちゃうと、やる気が無いから勉強しようっていう気にならんのですよ。それは機会の均等じゃない、公平な競争じゃないんですよね。貧困なおうちは貧困なおうち、豊かなおうちは豊かなおうちっていうのが固定してしまうのは経済にとって最悪ですよ。
戦後の日本がなぜこの短期間にあれだけ経済成長が出来たかって言えば、ものすごく人口が増えたっていうことと、もう一つはその人たちが消費する層になった。いわゆる中間層を形成するような経済運営をやったからですよね。富裕層と貧困層を分断していくような形は、絶対全体のためによくない。あと、そもそも少子化で子どもが減っているのに、貧困に突き落として「どうせ」って思う子を増やしていったら働く人が足りなくなっちゃいますよ。
具体的にはどういった活動をされていますか
伊勢:『フードバンク』って知ってますか。例えば箱が潰れちゃったりして商品にならないものだとか、食べないんだけど「もらいものだから」って家で眠っているような食品があるんですよ。それを寄付してもらって、今本当に食べるのに困っているお家に、岩手の場合は生活相談員を通じてお届けするっていうのがフードバンクなんです。「もったいないを、ありがとうへ」っていうのがキャッチフレーズ。一昨年『フードバンク岩手』というNPOが立ち上がったのですが、それをお手伝いをしたり。
伊勢志穂
チャイルドラインにも関わっていらっしゃるみたいで
伊勢:そうそう。『チャイルドライン』はできて6年目かな。子どもたちの話を聞くっていう電話なんです。学校でも親にも言えないようなことを喋ると、少しだけ気持ちが軽くなる。直接支援はしていません。
それこそ「ちょっと変わってる」って言われて育ってきたんで。「なんだかよくわからないけど嫌だな」「人と違うく感じるのはどうしてなんだろう」とか、社会に対して違和感があったので、それをちゃんと聞いてくれる大人がいればいいなって思っていた部分がずっとあって。イギリス発の運動なんですけど、日本にできたっていう話を教えてもらってから「やりたいな」と思っていたんです。
本当に一番いいのは、そういうことが普通に話せるようになることなんですけどね。だけどなかなかそうじゃない。「いじめられている」って言い出せないような空気が世の中にはある。それ自体が「カッコ悪いこと」「人より劣っていること」って見られると思うから言えないわけですよね。社会のなかで「それは自己責任じゃない」「あんたは悪くない」っていうことが徹底されれば、言えるんだろうけど。そういう社会になるまで、チャイルドラインの活動も出来る限りたくさんの人に呼び掛けて、大人の輪を増やしながらやれたらな、って思います。
ちょっと聞きにくいのですが、議員の仕事をしていて「失敗したな」ということはありましたか?
伊勢:小さい失敗は色々あるんですけど、そうですね……。私が初めて選挙に出た当時、無駄な公共事業に対する批判が非常に大きかったんですよ。私もそれを批判しました。簗川ダムの建設とか、マリオスへの補助金とか、市長の退職金とか。当時は一期四年で約4000万ももらってたんですよ。
市長になりたい~
伊勢:今はそんなに高くありません(笑)引き下げには貢献したと思ってますよ。「お金がないからホスピスは建てられないって言ってるのに、市長の退職金が約4000万円も出しているんだよ」と二期目の選挙では、あちこちで演説をしました。で、ものすごく票が集まりました。でも、ちょっとあのやり方は間違いなんじゃないかと思って。もちろん間違ったことを言っているとは思いませんよ。ただ、そういうあり方というか、アンチで常に強い発言をしていく、それも行政を考え直させるのではなく、追いつめるような形で運動していくということに対して、他にやり方もあったんじゃないかと思うようになっています。
伊勢志穂
なるほど
伊勢:なぜかというと、今のトランプ旋風です。一気に大きく世の中を変えるっていうのに対してすごく懐疑的になったんです。どこかにひずみが出ちゃうんですよね。
あの時、簗川ダムの建設反対に対して、納得のいく説明をしてくれなかったっていうのもあるんだけど、議会や行政の外でバンバン反対運動作っちゃって。それ自体が間違いだとは思ってないけど、行政を追い詰めることで、その仕事に関わる職員の気持ちをかたくなにしてしまったんじゃないか、と思うんです。もっと良いやり方があったんじゃないか、って。だから、そのやり方を常にやっていこうって思っちゃいけない、って思うんですよ。
怒りだとか、嫉み僻みの力をテコにしないで社会を改良する方法をすごく考えなきゃいけないんじゃないかと。何かを変えようと思ったら、出来る限り煽らないでやるべきではないかと。どっちの立場に立っているかで正義は違ってくるわけですから。例えば、私なんかは「金持ちからもっと税金とれって」思うわけですよ。でもお金持ちの人にとって、私の言ってることは正義じゃないわけだよね。私が正しいからどんなやり方でやってもいいってのとは違うと思うんですよ。そもそも「正義は我にあり」って思った時点でちょっと立ち止まった方が良いかな、特にあたしみたいなカッとなりやすい人間は。
議会っていうのは民主主義の場ですから、対立して喧嘩をする場ではない。今できる選択の中でよりマシなものは何か決める場なわけです。でも、いわゆる立場によって対立を煽っていくと、よりマシなものすら失っていくわけです。だから、最初の私のやり方が「目立とう精神」的に煽るようなやり方をしたっていうのに関して、もうちょっと違う方法もあったんじゃないかと。
なるほど~。最後に、若者と政治についてなにかお話があれば。
伊勢:若い人に期待しているのは「時代が変わった」ってことを、壮年世代に教えてもらいたい。政治でもなんでも成長するってことが必ずしもいいってわけじゃない、そもそも不可能かもしれないってこと。経済成長であったり、昨日より今日、今日より明日の方が数字として上がっているという時代が終わっていることを、年取っている人たちに教えてあげて欲しい。
若者に「こうあるべし」なんて言えない。私は小学校の低学年にオイルショック、青春がバブルっていう時代を生きて来たのよ。だから、私世代の人の常識と、若い人の常識って違うんだと思うのよ。吉田さんもこれからバンバンお金を儲けて、豪邸に住んだりするような夢を描いてないでしょ。私たちが育ってきた時代は、どんどんこれから発展するっていうかね、物が増えると。金も増えると。そう思って生きてきた時代なのよ。で、今その世代が偉い人になっているんだよね。部長だとか、次長だとか。当然頭では分かっているわけですよ。時代が変わったって。人口が減るってことは今までみたいに右肩上がりじゃないって。分かっていても、「成長しなければならない」って刷り込まれている(笑)自分でも思いますもん。経済成長率の数字とか見て「あっ、ちょっと増えた」って、なんとなくうれしい自分がいるもん。
なるほど~
伊勢:日常生活の実感とは関係ないのにね(笑)
そのあたりの皆さんの常識を、大人とか年取った人に教えてもらいたいなと思う。それをやるためには、できればいろんなところに行って色んなオジサンやオバサンと話をしてくれればいいなと思います。
本日はありがとうございました。
伊勢:こちらこそありがとうございました。

※ 本記事は平成28年度岩手大学Let'sびぎんプロジェクトの助成により制作されました。 ※
岩手大学Let'sびぎんプロジェクト