Profile

浅沼 克人

[アサヌマ カツト]

盛岡市議会 / 現職
浅沼 克人

略歴

1970年
盛岡市生まれ
小学校
飯岡小学校卒
中学校
飯岡中学校卒
高校
盛岡第一高等学校(理数科)卒
大学
東北大学工学部(生物化学工学科)卒
2015年
盛岡市議選に初当選

Interview

取材日 2016/9/30 聞き手 吉田拳
浅沼さんはどちらのお生まれですか?
浅沼:旧都南村の飯岡地区ですね。大学時代以外はほぼ飯岡に住んでます。
大学はどちらですか?
浅沼:東北大学の工学部です。
仙台にいらしたんですね。大学卒業後は何をされていましたか?
浅沼:卒業してからはしばらく研究室に残っていて、アルバイトとかしながら、お金貯めて旅行に行ったりしてました。
浅沼克人
その後、家業を継がれた、というわけですか?
浅沼:そうですね。電気工事の会社と、兼業で農家をやっています。うちの親父が初代で、跡を継ぐということになりますね。
そこでお勤めになられて。では何がきっかけで立候補されたんですか?
浅沼:長年、40年以上ですね、佐々木先生という方が地元でずっと議員をなさっていたんですけども、若い人に後継を、ということになって。何人か候補がいたんですけども。私はずっと下の方の候補なんですが(笑)みなさん色々な事情があって、上の候補の人がお断りしていって、私が最後と言う感じになってですね。
地域活動をやっていると分かるんですけど、議員さんの力ってのは大きい。飯岡地区で候補が出ないとなると、地域としても困る。私も実際困る(笑)。他に誰もいない、ということで。そういうのができる器ではないんだけれども、皆さんの力を借りながら、育ててもらおうと。そういう思いで立候補しました。
……今思えば、よく出たな、と。いろんな方が説得に来ていただいたというのもあって、のせられたというか(笑)
そして、この前の選挙で初当選されて。本当におめでとうございます。
浅沼:ありがとうございます。
いわゆる1年生議員ということで。民間でお勤めになっていた時との違いやギャップはありましたか?
浅沼:会社に勤めていれば、仕事が絶えずあって、それをクリアしていかなきゃならない。そういう日々なんだけれども。議員の場合は、委員会や会議はあるけれども、なんていうかな……決まりきった仕事やノルマがあるわけじゃない。自分から仕事を見つけ出さなきゃいけない。
地域が何を必要としているのか、自分は何をすべきか、っていうのを絶えず自問自答する。自分で自分を追いつめながら。そして、ひとつひとつスケジュールを決めていかなきゃいけない。それは大きく違うところですね。
当選してから約1年経ちましたが、振り返ってみてどうですか? 楽しいですか?
浅沼:大変だった、というのが率直な思いですね。どの仕事でもそうだと思うんですけど、最初の1年は慣れるだけでも精一杯で。ベテラン議員さんの仕事ぶりを学びながら、できるだけ追いつこうとしている段階なので、本当に精一杯。……楽しいことは、ないですね(笑)。
どこの会社の新入社員もそういうところを通過すると思うんですけど。同じ状態ですね。重い足を引きずりながら「行かなきゃなんないな」という(笑)
先輩の議員さんに教えてもらう機会とかはあるんですか?
浅沼:基本的にはみんな個人プレイなので、全員でやるっていうことはほとんどないんですけども。みんなで集まる機会に分からないこととか、どうしようって思っていることを相談することはありますね。
会社だと上司なり先輩なり一緒に仕事をしてくれる人がいて、うまくサポートしてくれると思うんですけども。議会においてはみんな平等というか、それぞれの立場でそれぞれの仕事をやっていくので、誰かが教えてくれるわけではないですね。議員同士で情報を共有することはありますけども。
浅沼克人
実際にどういったお仕事をしてこられましたか?
浅沼:議会のなかで一般質問をする、というのが一番大きいですね。一般質問では、それぞれの議員さんによって取り上げるテーマが違います。それぞれの地域や支持者の要望をくみ取って、市当局に訴えていく。さらに次のステップとして、質問が終わった後でも市当局との話し合いを続けて、進捗を確認したり、解決を促していく。
市全体としては、予算や決算を見てお金の流れをチェックすることと、予算から盛岡市がどういう方向に行こうとしているのか見えてくるので、今年はどこに力を入れているのか。例えば、子育てに力を入れるとか、高齢者福祉とか、産業とか、力点が色々あるんですけれども。それを把握して、地元に帰って報告をすると。それが一連の大きな流れですね。
議会以外で、例えば、陳情とか来たりしますか?
浅沼:来ますね。道路関係は多いですね。穴ぼこもそうですけど、通学路の安全確保とか。あと、北飯岡は開発が進んで、車の流れが1年前と1年後じゃ全然違うという状況なんです。そのたびに危険個所が変わるので「ここなんとかしてほしい」というのは多いですね。それから、飯岡地域は基本的に農業地域なので、水路に関することも多いです。
今、農業地域というお話がありましたけども、兼業農家をされているんですよね。何を作っていらっしゃるんですか?
浅沼:主に米ですね。2町歩ぐらい。りんごもやってるんですけど、自分たちで食べたり、知り合いに少しだけ販売したりする程度ですね。
(2016年)8月の定例会で農業のことを質問なさっていましたね
浅沼克人
浅沼:そうですね。農業の後継者不足、若い人たちがいかにして農業で食っていけるか。さらに、若い人に魅力ある農業にするためには、どこに力点を置いて農業振興を進めればいいのか、というようなことを質問しました。
最終的には、若い人たちが都市部に流出せずに地元に残って、もしくは戻ってきて、家庭を築いてしっかりと子どもたちを養っていく。生活力を身につける。農業もその選択肢のひとつとして挙げれるように。
でも今のままの農業じゃ、ちょっと難しいでしょうと。なので農業振興、特に六次産業化ですね。ただ作るだけじゃなく、加工して売る。それをバックアップする。さらに、市場価格よりも高く売ることができる特色あるものをつくる技術を教える、とかですね。そういったことを質問したはずです(笑)
今、2つ委員会に入ってらっしゃいますよね
浅沼:常任委員会の方は産業環境常任委員会。あと、その時その時で必要な政策を研究するために特別委員会というものがあって、それは公共施設対策特別委員会に所属しています。
委員会ではどういったことをされているんですか?
浅沼:まず、本会議では色んな議題を話し合わなくちゃいけません。盛岡市議38人みんなが頭そろえてワイワイやってたら時間が足りなくなります。そこで議題をいくつかに分類をして、それぞれの常任委員会に担当させてしっかり審議させましょうと。常任委員会は本会議と密接な関わりがあるわけですね。
常任委員会は専門の委員会なので、専門性を身につけるために勉強会や視察が定期的にありますね。本会議は基本的に年4回あるんですが、勉強会や視察はその合間を縫って行われますね。特別委員会は、さらにその合間を縫って、勉強会や視察をします(笑)。年間通してみるとほとんど会議や勉強会の連続ですね。
じゃあ結構忙しいですか?
浅沼:そうですね。先が読めないので。常にアンテナを張り巡らせて、何か問題があったらタイムリーに対処しなければならない。その時に、委員会というものが重要になってきます。個人で大きな動きをつくるのは難しいけれど、委員会が動けば議会が動いていく。議会が動けば市が動いていく。そういう意味で、委員会は全体を動かすための一つの単位といえます。
ところで、議員さんの仕事をしながら会社の経営もされてるんですよね。それって両立できるんですか?
浅沼克人
浅沼:なかなか厳しいですね。もう会社潰れるんじゃないかっていうぐらい心配しているんですけど(笑)
まあ、とりあえずは従業員の方たちが一生懸命やってくれているので、本当にそのおかげでなんとかやれているし、社長がいて全部仕切っているので。もちろん、私は専務という立場なので、社長を補佐しなければならないし、従業員と一緒に仕事をしなければならないんだけど。……この状況でそれはちょっとできないので、陰ながらのサポートというか、事務処理的なことをやってます。図面を書いたり、書類そろえたり。だから、日中は議会をやって、夜帰ってきてからそういった仕事をやる、というような生活ですね。もちろん、議会の仕事がほとんどのウェイトを占めていますけど。
かなり忙しいですね。その電気工事のお仕事をしていた経験が、議員の仕事に活きている部分ってありますか?
浅沼:建築業の現場にいたので、その業界全体が抱えている問題っていうのがよく分かるつもりです。冬の除雪だとか、この前、岩泉で災害がありましたが、その道路復旧にしても、建築業の人がいないとできない。災害の時は特に道路が通れないとなんともならないですよね。ものすごく危険な場所に最初の段階で入っていって、安全な場所に変えていく。
そういう建築業の現場で活躍しているのは、ご年配の、ベテランの方たちだったりする。高齢化している。なんとか若い人たちを引き入れて、技術を継承して、産業を盛り上げていこう、という動きもありますし、市としてもバックアップしてかなくちゃならない。
具体的にどういう形で、っていうと、今、市が公共工事を発注する時期とか工事をする時期が偏っているので、それを分散化する。今までのままだと日雇い労働者が多くなってしまう。定期雇用するためには仕事がまんべんなく1年間を通してあると。そのためには公共工事を年間を通してまんべんなく発注する仕組みづくりが必要で。盛岡市や岩手県も今これに取り組もうとしているんだけど、なかなかうまくできていない。そういったことで、現場の声をもとに一生懸命働きかけをする、っていうのはありますね。
ちなみに、議員としてのお給料と会社員としてのお給料の二つがもらえるんですか?
浅沼:まず、盛岡市議会の議員は、議員報酬として月に60万くらいもらえるんです。それは経験とか関係なく一律です。額は市町村によって違っていて、盛岡市議会は岩手県のなかで一番高いです。県内でたいていは20万とか30万なんですけど。
で、私は他に仕事をしているということで、最初の時点で20万ぐらいが税金でカットされて40万くらいになるわけですね。じゃあ40万で議員活動ができるのか。例えば広報誌とか文書を配らなきゃならないとなると、2000人とか3000人以上には配らなきゃとなる。これをするとなると相当な印刷費や郵送料がかかると。それをさらに定期的にやると。
他にも、例えば人を集めて市政報告会をやるとなると、その会場代、配布資料の印刷代、懇親会をやるとなればそのお金もかかるわけですよね。もちろん会費をもらったりもするんだけど、相当出ていく。一回一回の支出で数十万が飛んでいくわけですよね。その残りから冠婚葬祭だとか、町内会のイベントとかがあれば、会費とかを出す。それも月何回もあると(笑)。
私は働いているので、その給料で食べていけますけど、議員一本でやっている人はそこから生活費を出さなきゃならない。私の予想としては、本当に切り詰めてやっているだろうと思います。もちろん市町村の規模とか、支援地区の規模も物凄く影響すると思います。アプローチをする人数が数百人とかだったらその分経費は減るし。だから、人口が多い市ほど議員の報酬が多いのは当然だと思いますね。
じゃあ議員やっても儲からない?
浅沼:本当そうですよ。だからやりたがらないとも言えます。しかも土日は全くないので。土日こそが忙しい。平日も仕事があるし。私の1年間振り返ってみても、まるまる1日休めたのは10日もないと思います。正月もいろいろあって休めないし(笑)。だから、家族サービスがなかなかできないのは非常に厳しいですね……。
お子さんたくさんいらっしゃいますもんね。確か5人でしたよね
浅沼:そうなんですよ~。……だから、議員という制度自体、考えなきゃいけないのかも知れないです。北欧の方ではボランティアみたいな形で、普通に働いている人が会議の時だけ来る、みたいなところもありますし。町内会長さんみたいにね。議員ってなると選挙の時もお金かかりますし……。
まあ、市民としては、代表として責任を持って仕事してほしいから選挙で選びたい、というのもあるから、難しいところですけど。もちろんこれは地方議員の話で、国会議員ってなると話は変わってきますけどね。
浅沼克人
興味深いお話ですね……。最後に、盛岡は今後どのような姿にもっていくべきだとお考えですか?
浅沼:そうですねえ。市民が一番願っているのは、この盛岡でしっかり稼いで、そして安心して暮らせるように、ということだと思います。そこに寄り添っていく。他所に行かなくてもここで十分生活できる。そして、災害や犯罪といった観点でも、また子育てをするという意味においても、安心だよね、安全だよね、自然豊かだし、情感豊かな子どもが育つよね、っていう環境を整えていく。
ただ、やはり一番は稼げるかどうか。盛岡は第三次産業が多いんですけども、いわゆるサービス業、人対人の部分が大きい産業ですよね。人口が減少しているわけですから、サービス業も衰退していく。そうならざるを得ない。じゃあ人口が減っても頑張れるのはっていうと、一次産業か二次産業。物を作って売るというのは、人がいるところに売ればいい。海外でもいい。盛岡においては、今後の一次産業、二次産業の伸びが非常に重要だと思っています。なので、ここに力を入れていきたいと思っています。
なるほど。本日はありがとうございました。
浅沼:ありがとうございました。

※ 本記事は平成28年度岩手大学Let'sびぎんプロジェクトの助成により制作されました。 ※
岩手大学Let'sびぎんプロジェクト